山口県萩市 歴史情報ポータル
人口五万に満たないこの小さな城下町から、明治維新の指導者たちと、密航してまで西洋に学んだ若者たちと、日本の重工業を築いた実業家たちが生まれました。 鉄道が町の中心を避けて敷かれたことで、江戸期の地図がそのまま歩ける町並みが今も残り、 藩校・私塾・寺子屋がひしめいた学びの土壌と、日本海と阿武の山々が育む豊かな食があります。 観光ガイドには載りきらない、萩の「なぜ」を集めました。
萩を読み解く、四つの鍵
明治維新の中心人物の多くを輩出した藩は長州だけではありません。それでも萩がこれほど濃密な歴史を残しているのには理由があります。 一つは、藩校明倫館と松下村塾をはじめとする学びの層の厚さ。一つは、藩の存亡をかけて海外に学んだ若者たちの気概。 一つは、明治以降に日本の産業を築いた郷土出身の実業家たち。そしてもう一つは、近代化の波の中で奇跡的に残った城下町そのもの。 このサイトでは、この四つを中心に、それぞれのページでたどっていきます。
サイトを歩く
それぞれ独立して読めます。興味のあるところから、どうぞ。
敗れた総大将、削られた所領。萩というはじまりの物語。
読む →松陰、晋作、博文…八畳の私塾が生んだ男たちの軌跡。
読む →死罪覚悟でロンドンへ。「鉄道の父」を生んだ密航。
読む →藤田・久原・鮎川。血縁でつながる財閥の系譜。
読む →総理大臣4名を含む、萩が生んだ人々のリスト。
読む →鉄道が外れたことで残った、江戸期そのままの城下町。
読む →明倫館、松下村塾…維新前夜、驚くほどの教育密度。
読む →剣先イカ、見蘭牛、夏みかん。豊かな自然の恵み。
読む →世界遺産から鍵曲・笠山まで。萩を歩く見どころ集。
読む →「至誠にして動かざるものは…」29年が残した言葉。
読む →小説から評伝まで、萩ゆかりの人物をもっと深く読む10冊。
読む →写真で見る
言葉だけでは伝わらない部分を、実際の風景で。各写真は関連するページへのリンクにもなっています。
概観
詳しい物語は各ページで。ここでは全体の流れだけを。
毛利輝元が指月山麓に築城。堀内・城下町の骨格がこのとき形づくられ、現在の町並みの原型となる。
全国におよそ300あった藩校のうち12番目という早さで開校。以後130年、萩の学びの中心となる。
吉田松陰が主宰。わずか2年半ほどの間に、後の総理大臣や陸軍・工学の父となる若者たちを送り出す。
伊藤博文・井上馨ら5人が鎖国の禁を破りロンドンへ。帰国後、鉄道・造幣・工学の礎を築く。
藤田伝三郎が大阪で藤田財閥を興し、のち藤田観光へ。甥の久原房之助は日立鉱山を興し、義弟の鮎川義介がそれを日産コンツェルンへと育てる。
山陰本線の駅が旧市街の外側に置かれたことで、結果として堀内・平安古の町並みが開発を免れ今日に至る。
SNSでつながる
X・Instagramでは、日々多くの人が萩の風景や旅の記録をハッシュタグとともに投稿しています。タップすると、それぞれのプラットフォームで最新の投稿を検索できます。
※「#hagi-city」はハイフンを含むため、X・Instagramではハッシュタグとして機能しません(ハイフンの前で区切られてしまいます)。ここでは近い形の「#hagicity」をご案内しています。表示される投稿は各プラットフォームの検索結果であり、本サイトが内容を保証・編集するものではありません。